2018年2月の例会

【日 時】2月25日(日)14001700

 

【場 所】アスト津 3階 みえ市民活動ボランティアセンター ミーティングルームB

 

【参加者】7名(男5名・女2名)

 

【例会内容】

 

◎第一部 14001500 『吃音に関わる私の体験』 担当:N.E

 

2月25日の例会の前半を担当させていただきました。私の吃音体験談を語るという内容でしたが、体験談を語るだけの例会では面白くないと思い、できればとくに新しい参加者にその場の余計な空気を読まずに、私の話を踏み台にして、積極的に発言していただきたいと思って、以下の内容を話しました。結果的には、少しは参加者の話を引き出せましたが、もっともっと盛り上げたいですね。

 

 私の吃音体験談を話す前に、話を共有するために必要なことを話します。

 

 吃音は連発、伸発、難発がありますが、それ以外に日によって状態が変わり、場面によっても状態は変わります。独り言では吃らないけれども、対人で吃音の症状は出ます。いろんな特徴が吃音にはありますが、吃音を持つことの困り感を精確に表現し、人に伝えることが苦手である、つまりコミュニケーションの障害が吃音の問題の核としてあるように思います。

 

 吃音は人によって違います。軽い・重い、治りやすい・治りにくい、適応が良い・適応が悪い。それ以外にも吃音の問題を考えるために重要な因子が多くあると思います。

 

 吃音の問題は、W・ジョンソンのX(吃音の言語症状) Y(Xに対する周囲の反応) Z(XYに対する吃音がある人本人の反応)からなる立方体が連想できます。

 

 また、WHOの障害を示すモデルとして「機能障害」、「能力障害」、「社会的不利」ということが示されています。吃音の機能障害は人と話すときに吃ってしまうことです。その機能障害に配慮しないままにいると、人とのやり取りで得られるはずの情報が不足することにより能力障害になり、その結果、深刻な社会的不利を被ることになります。今使われている「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」は能力障害に配慮して、社会的不利に至らないようにしようという発想で取り組まれていると思います。

 

 吃音は脳が生み出すものと考えられるようになりました。その脳のタイプには吃音が出やすい脳、チックが出やすい脳、人よりも不安を感じやすい脳、強くこだわりやすい脳、周りからどう思われているか何を期待されているのかがわかりにくい脳、人とやり取りをすることが苦手な脳、注意の集中が続きにくい脳、衝動的になりやすい脳、左利きを生み出す脳といろいろあります。一時期それらを治すという発想がありましたが、そのような脳のままで生きていくことが考えられるようになりました。脳のタイプを変えることは困難であり、いやそれよりもせっかく生まれ持ってきた脳のタイプを大切にして、その上に人生を築き上げていけたらいいと思います。それが発達障害者支援法にはうたわれています。

 

 脳のタイプは身体的特徴でもあります。身長、体重、肌の色、性格、顔の作り、声音など。持って生まれたものを大切にし、ありのままの自分を大切にする。ありのままの自分に自信を持ち、ついでに吃音を持って生まれたらそんな自分をも大切にする。しかし、吃音を持って生きることが嫌ならば、吃音を受け容れられない自分を大切にする、つまり「ありのままの自分で良いんだ」ということを大切にしていきたいと思います。そこに「吃音は治る」という事実が入ってくるのならば、その事実も大切にしていきたいです。

 

そのような吃音やその周辺の認識を前提にして、「吃音を持った私の体験談」を話したいと思います。私の体験談を聴いていただくよりも、それに触発されて参加者に大いに語ってもらいたいという気持ちを込めて話しました。

 

 

《吃音を持った私の体験談》

 

私が3歳の時、母親がお産で実家に帰っていた時に、私は吃り始めました。躾に厳しい祖母と父親が私の家にはいました。まず祖母が私の吃音に気づきました。祖母は吃っていたであろう私のしゃべり方に「吃るな!」と叱っていました。祖母や父親に再三叱られながら、幼い私は徐々に自分のしゃべり方がおかしいことに気づき始めました。吃らないように言い換えをすると「妙な言い方をしおって」と叱りました。祖母と父親は、私が吃るたびに話し方のチェックを入れていました。おかげで5歳で保育所に入る時には、上半身を大きく揺らす随伴運動を伴ったしゃべり方をして、他の園児に笑われました。

 

しかし、保育所と小学校低学年時の先生に恵まれました。先生たちは私の話の内容を真剣に受け止めて聴いてくれました。他の児が私のしゃべり方を笑うと、先生は真剣になって、私のしゃべり方は笑うべきことではない」ことを、他児に伝えてくれました。おかげで保育所と小学校低学年の時に、「このままの僕で良いのだ」と思えるようになりました。といっても、からかいやいじめが完全になかったわけではありませんでした。その時は傷つきましたが、そのままの自分で切り抜けていくことができました。

 

一年生の時に、吃音治療教室の先生が巡回に来ました。しゃべる前に息を吸って吐きながらしゃべる。息を吸ったらブザーが鳴るベルトを腹に巻く方法です。この治療を経験された方もいると思います。その治療を受けさせられて、父親の前では吃ると言い直しをさせられ、息を吸ってからしゃべらせられました。私は苦労をしました。私にとっては父親と祖母は苦手な存在であり、2人の前では、まったくしゃべれなくなりました。

 

しかし、その一方で、保育所と学校の先生に恵まれ、そのおかげで友達にも恵まれました。友達と思いっきり遊ぶことでカタルシスを体験し、私なりの自我を育めていたと思います。

 

高校は大人になる過程で大切な時期です。私にとって、男性の大人のモデルとなる存在が、私の周りにはいなかったと思います。同時に吃音を持ったまま大人になることのイメージを持つことができませんでした。そんな状態で東京正生学院の通信教育があることを見つけて、自分で訓練を始めました。丹田呼吸法は新鮮でした。心をリフレッシュさせるツールとして活用しました。自分の部屋で丹田呼吸法をし、発声練習をし、朗読の練習をしました。梅田薫院長の説かれた積極療法は、今日でいう暴露療法やアルバートエリスの説いた論理療法に共通しています。それで積極的な生き方を始めました。そのまま吃音は治っていくものと思っていたら、学校の朗読での難発が酷くなりました。それを克服するために、特訓をしました。ますます酷くなりました。苦手場面がどんどんとできていきました。その時に吃音を治そうと努力するほどに吃音が重くなるということに気づきました。吃音を治すために丹田呼吸法をやっても、力みかえり、息が苦しくなり、逆効果になるのを感じ、リフレッシュできなくなりました。完全にギブアップをしてしまいました。

 

「吃音を治すぞ!」という明確な目標を持ったはずの人生に、その目標に邁進するごとに吃音が酷くなり、迷いが生じ、無力感を感じました。後年心理学で学んだ「学習性無力感」だったと思います。とても無気力な状態で学問に身が入りませんでした。

 

そんな状態で自律訓練法があるのを知り、数カ月をかけてマスターしました。朗読での難発が驚くほど軽くなり、まったく吃らなくなりました。都筑先生の言われる直接的訓練を行っても吃音は治らないが、間接的訓練で吃音が改善することがあるということは、この時に実感しました。でも、吃音を持ちながら人生を生き抜くための芯が私の心に欠けていました。

 

縁あって、後年、言語障害教育課程で学ぶことになり、そこで神山五郎先生の「吃音」の集中講義を聴き、とても感動しました。神山五郎先生が私の中で、大人の男性のモデルとなりました。理想に近づくために本を読むことに集中できるようになりました。後年言語聴覚士法が制定され、言語聴覚士の免許を取ることもできました。しかし、免許を取得した当時は、吃音を専門にする言語聴覚士はほとんどいませんでした。2Ⅰ世紀に入り、言友会の医師や言語聴覚士の活躍により、吃音への取り組みがとても活発になりました。私はそんな中、発達障害の人に関わってきて、定年退職を迎えて、改めて吃音に向き合う者として、言語聴覚士の免許を再活用していきたいと思っています。

 


◎第二部 15001700 『ことばの教室担当教諭との交流』

 

三重県内の小学校のことばの教室担当教諭K先生にお越し頂き、交流会を行いました。K先生は昨年10月に行われた『吃音啓発&相談会』、12月の都筑先生の講演会にも参加され、そのご縁で今回の交流会を実現することができました。

 

 まず始めに、会員が簡単に自己紹介をし、その後K先生の経歴や勤務されている学校、ことばの教室のお話をパワーポイントで説明していただきました。

 通級に通う生徒は年々増えており、その背景としては、以前は「しつけの問題」などとされてきた事が、今は「個性に合わせた指導」へと変化していることがあげられるそうです。他校から通っている生徒の枠は現在満席とのことでした。

 ことばの教室内は、季節の飾り付けなどがされており、楽しい雰囲気で過ごせるように配慮されていました。座る席は先生と対面で、窓の外が見えるような配置になっており、授業中生徒が外を見始めたらあきてきた(疲れてきた)というサインなので休憩を入れたり、個々に応じた対応をされているとのことでした。その他、トランポリンやフラフープ、ボールなどがあり、時には卓球をやったりすることもあるそうです。

 

  実際どんな訓練(指導)をしているのか、『やってみよう!』ということで、いくつか体験させていただきました。舌を前に突き出す訓練やビジョントレーニングなどを体験しました。K先生は子どもたちが楽しんでやれるようにいろいろと工夫されていました。

 

 吃音のある子どもへの指導についてですが、三重県下のことばの教室では、吃音を受け止められるようになっていく方法が主流で、話し方の訓練はあまり行われていないのではないかということですK先生はいろんな考えを取り入れて、個々に応じて話し方の指導をしたり、本人の困り具合を聞き、周りに働きかけて環境を整えていくやり方をされているとのことでした。また、吃音だけに焦点を当てるのではなく、得意な分野を伸ばしていく指導もされているそうです。全言連でも販売されている『吃音のある子どもたちのための教材 すごく!すごろく』(ことばの教育臨床研究会発行)も使用されていて、現物を見せていただきました。面と向かって「吃音」の話をするのは抵抗があったりもしますが、これはゲーム感覚で吃音について語ったり、気持ちを話せるように作られていて、とてもよく考えられていました。

 

教室に通っているお子さんは、教室に来ること自体が改善になっていて、『自分だけじゃない』『他の子も一緒だ』と知り、がんばろうという気持ちになる子や、吃音は悪いことじゃないんだと思えたり、来る回数が減ることが自信につながっている子もいるとのことでした。

 

 今回、約2時間の交流でしたが、普段知ることができないことばの教室での様子を知ることができてとても参考になりました。まだまだお聞きしたいことがあったのに、時間が足りず、とても残念でした。また別の機会にお聞きできたらと思っています。

   K先生は非吃音者でありながら、吃音についてよく勉強されていて、吃音のある子の気持ちをとても理解されていました。教員の中にはどもることを「わざとやってるんですよね?」と思っている人もいるというお話もあり、まだまだ理解されていない現実もあるんだな、と驚きましたが、K先生のように吃音を理解して受け止めてくれる先生がいるということは、吃音のある子にとっては本当に心強いことだと思います。これからもK先生との交流を通じ、未来の希望ある子どもたちの為にも、三重言友会として何ができるのかを考えていけたらと思っています。

 


2018年3月の例会